noteの独特の文化がキモい

noteのオススメに出てくる他の記事がどれもこれも自意識過剰な気持ち悪い文体の文ばかりでキモい。
ただでさえキモいのに全員が全員ほとんど同じようなキモい文体なのがまたキモい。
noteの記事はみんな同一人物が書いてるのかと思うほどみんな似ててキモい。
そこにはそこの流儀みたいなものがあるんだろうな。
ツイッターにも「現場からは以上です」とか「ご査収ください」とかのいかにも気持ち悪いツイッター構文とかあるし。
mixiやってた頃も、2ちゃんねるのノリで2ちゃんねるやってた2ちゃんねらーmixiに来た途端にいかにもmixi臭いキャラに生まれ変わってゾッとした事があった。
空気を読んでそのコミュニティの文化に瞬時に染まるのが日本の社会では道徳的に正しいふるまいとされるのだろう。
俺は絶対にイヤだけどな。気持ち悪いから。
そういう「日本社会における道徳的に正しいふるまい」こそがイジメや差別の根源なんだよ。
ネットの誹謗中傷をなくそうという法人の主催者が過去にネットで誹謗中傷してたのがバレて雲隠れした事件があったがあれこそ典型で
実在する特定の人物(しかも子供)の名前を出して「◯◯タヒね」なんて言うのは反道徳じゃないのか?と思うようでは日本では社会人として通用しないのだろう。
それがネットミームとなって「みんながやってる」以上は自分も必ずやるのが「協調性」や「空気を読む」が重視される日本社会においては「道徳的に正しい」のであり
「みんな」が「◯◯タヒね」と言って楽しく笑ってる時に1人だけ「◯◯タヒね」とは「言わない」、まして「そんな事を言ってはいけない」などと言って「みんなが楽しんでるのを邪魔してみんなの和を乱す空気読めない奴」こそが「悪」なのだろう。
だから「◯◯タヒね」とか言ってキャッキャしてた奴が「誹謗中傷を許さない(キリッ」とか言ってるのは本人の中では(あるいは日本人の中では)矛盾でも何でもなく、どちらも本人にとっての(あるいは日本人にとっての)「悪」を許さないという意志が一貫しているのだよ。
そういう気持ち悪い社会なんだよ日本は。
なんか話の方向性が変わってきたけどnoteのノリが気持ち悪い話がしたかったんだ。
あれはやっぱり、何か教科書的なものがあってみんなそれを真似してるのだろうか?
「クリエイター」などと持ち上げられつつ上手くいけば金貰えるシステムの場所だから「やるからにはプロのコラムニストっぽい文章にしなければならない」と構えてしまうのか?
俺もそれで敷居の高さを感じて放置しっぱなしだったんだよなあ